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2015年8月23日 (日)

ものすごいことをやっているのに物静か・・・小柄な穏やかな中村哲さんに圧倒されました

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『水と緑で平和を創る』・・・‟中村哲さん講演会inみのお”にボランティアとして参加。

医師として人道支援を始めた中村さんだが、欧米や日本の国際援助の身勝手さにあいそを尽かし決別。現地で土着化して土木技師に・・・戦乱と大干ばつで疲弊するアフガニスタンでの30年に渡る奮闘記に感動し、スケールの大きさと謙虚さに圧倒された。

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1984年に、アフガニスタンのペシャワールに派遣された中村医師が見たのは、多種多様な民族・文化と絶対的な貧富の差。豊かな穀倉地帯が、打ち続く戦乱で疲弊し、地球規模の気候変動で大干ばつに見舞われ、助かる命が目の前で死んでいく現実・・・。

まず始めた水の確保・・・井戸を掘り、湧き水を再生して診療所を次々と建設。しかしせっかく診療所を作っても、砂漠化する土地では人々は生きていけない。

100の診療所より一つの用水路が必要・・・話題性がなくなるとさっさと撤退する欧米や日本など『先進国』に決別し、現地で土着化して中村医師は独学で土木技師に。

少しづつ広がる用水路が砂漠を畑に変えていく・・・水が農業を再生し、人々が戻ってくる。

電気も重機もない現地で必要なのは、そこで暮らす人々が造り、維持管理できる‟適正技術”。中村さんは故郷筑後川の治水技術にヒントを求めた。

コンクリートではなく、アフガニスタン伝統の石積み技術を生かそうと、金網で作った籠に石を詰めて堰堤にし、その背後に柳を植える。30年経つとしっかりと根をおろした柳の頑丈な堤防となる。

取水口に取り入れたのも伝統的な斜め堰・・・吉野川河口堰を思い出す。

アフガニスタンの人々の願いはたった二つ。

  • 一日三回ご飯を食べること
  • 故郷で家族と一緒に暮らすこと

用水路が次々と拡大し、広大な砂漠が緑地に変わっていく・・・難民として逃れていた人々が戻って村が再生される。

爆弾がつくるのは憎しみと報復の連鎖だけ・・・中村さんたちの‟水と緑の再生”が、現実に平和を、人々の暮らしを創り出している!

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一年の2/3をアフガニスタンで暮らす中村さんにとって、今の日本は極めて異常なゆがんだ社会。株高に群がり、経済成長こそ全て・・・しかし、地球規模で考えれば人類に残された資源も時間もまもなく尽きるのは明らか。

進歩とは? 豊かさとは? それこそが若者に特に考えて欲しいこと・・・と結んだ。

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ちょっぴりのお手伝いの余禄で、一番尊敬する中村さんの側で写真を撮ってもらった(*^^*)

私の最も尊敬する中村哲さんは、本当に素晴らしい人だった。同時代を生きていることを誇りに思う。

坂本 洋

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コメント

坂本さん、連日こころ揺さぶられるレポートをありがとうございます。
以前、中村哲さんの講演を聞き、支援活動の真髄に触れた思いがしました。また先日、元ペシャワール会スタッフ、いまは京都造芸大准教授の中山さんの話を聞く機会があり、アフガニスタンでの運河造りの計画から工事の実際を知りました。改めて、中村哲さんのすごさに感じ入っていたところです。尊敬やみません。

投稿: N.HAYAMA | 2015年8月23日 (日) 09時48分

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