« 御堂筋を戦車が行進・・・って? | トップページ | 耳の治療は遅々として進まないなぁ~(~_~;) »

2015年12月11日 (金)

野坂昭如オン神戸女学院の思い出

Nosaka_2

野坂昭如さんが亡くなった。85歳という年齢は、早すぎるとはいえないと思うし、一途な生き方を貫き通した、納得できる人生だったのではないか・・・お疲れさまでした。

私にとっての野坂さんの思い出は、神戸女学院での講演会・・・1974年だったか、当時私がやっていたFREAK(フリーク)というロック喫茶のお客さんで、神戸女学院の学生がいた。

自治会の役員だった彼女が、学園祭に野坂さんを呼びたいということで、イベントのお手伝いをすることになり、初めて女子大に。

憧れの神戸女学院でのステージということで、野坂さん、気合いが入っていたのだろう、始まる前にラガーシャツに着替えてグランドでラグビーをしていた・・・当時は40代、油の乗り切った時期で、エネルギーにあふれていた。

勢い混み過ぎて、ステージに登場したときはベロベロに酔っぱらって、ろれつが回らない状態だった。講演会はメチャメチャになり、そのあとどうなったか思い出せない。

それくらい一途で、純情だったのだろうと思う。

田中角栄のロッキード事件に抗議して、新潟で立候補。市民運動の先輩、大阪府議の山本健治さんが応援に駆け付けたのを覚えている。

焼け跡闇市派としての小説も大好きだった。大阪城そばの砲兵工廠跡地で、金属くずを盗む「日本アパッチ族」・・・開高健さんの「日本三文オペラ」と並び読みし、切り口や文体の違いが興味深かった。

うぶな私には刺激が強すぎた「エロ事師たち」、そして「騒動師たち」は全共闘を描いた同時代小説・・・ラストシーンは強烈すぎて、いまだに忘れることはできない。

「空気を読まない乱暴力」・・・それこそが野坂昭如さんの真骨頂で、今の時代に最も必要な人間だが、今や絶滅危惧種かも・・・。

小田実さん、野坂昭如さん・・・次々と私の青春時代のヒーロたちが亡くなっていくのは寂しい限りだ。

坂本 洋

|

« 御堂筋を戦車が行進・・・って? | トップページ | 耳の治療は遅々として進まないなぁ~(~_~;) »

コメント

著作はほとんど知りませんけど、蛍の墓のアニメの切なさ、はにかみながら早口で話す姿はメディアを通じて印象的でした。ご冥福を祈ります

投稿: 空 | 2015年12月11日 (金) 16時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134196/62846886

この記事へのトラックバック一覧です: 野坂昭如オン神戸女学院の思い出:

« 御堂筋を戦車が行進・・・って? | トップページ | 耳の治療は遅々として進まないなぁ~(~_~;) »