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2017年3月30日 (木)

昔、豊中にFREAKというロック喫茶があった

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転がる石のように・・・ロック喫茶 FREAK (1972年~75年)

大学をやめ、今で言うフリーターをしていたが、「政治と文化のはざま」を行動し続けたいと思っていた私は、ベトナム反戦の市民運動(ベ平連)を通じて知り合った、大阪軍縮協(原水爆禁止の運動体)の事務局長をしておられた和田長久さん(2016年末逝去)と豊中市内にロック喫茶を作ることになった。和田さんの家の一階を改装して、カウンターとベンチだけの15人も入ればいっぱいの小さな喫茶店。和田さんのお連れ合いと私の共同経営でスタート。1972年のことだった。

BeatlesとBob Dylanが大好きだった私・・・肩まで伸びた長髪をなびかせながら、毎日昼過ぎにこの店に出て、好きなレコードをかけながらコーヒーを入れ、訪れる客と話をする・・・という「小さな夢」が実現した。もっとも、経営的には悲惨な状態で、私の給料は3万円から多いときでも8万円ぐらい・・・とても生活が成り立つ額ではなかったが・・・。 

客層はほとんどが若者・・・大学生や高校生、フリーターたち・・・みんな貧しかった! コーヒー一杯が¥150。それで何時間も粘るのはまだいいほうで、中にはトースト一枚¥70で水をお変わりしながら一日中いるのもいた。

そんな彼ら彼女らと音楽を政治を、文化を熱っぽく語り合った。「溜まり場」ではなく、ここに集まる人たちと街にメッセージを発する・・・というのがポリシーだった。

そんな中からミニコミ“FREAK OUT”が生まれた。友人の長谷川幸秀が巻頭を飾る詩を書き、私や貧°苦(ピンク)・・・ベ平連仲間のミュージシャン(故人)がメッセージを書いた。客の高校生の女の子がイラストを描いてくれた。ガリ版刷り(今や死語?)の粗末なものだが、内容は熱い想いがあふれるエネルギーに満ちたものだった。

少しずつ広がるつながりの中から、やがて、手作りの“はみだしコンサート”が生まれることになる。1970年前後に街をお騒がせしていた私たちにとって、伝説のウッドストックコンサートは永遠のあこがれ・・・40万人が参加するイベントを市民が手作りで成功させ、政治と文化が融合した若者のエネルギーを社会に示した! これは画期的な出来事だった。遥かなるWOODSTOCKを夢見て、自分たちの住む街で手作りのコンサートを作ろう! ということになった。(未完)

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45年ぶりに「はみだしコンサート番外編」を開催! 主催は、「一日限りの喫茶FREAK」。公共ホールをライブハウスに変えて、「伝説のフォークシンガー」田中研二の帰国ライブ。ゲストは豊田勇造・・・更に、FREAKゆかりのミュージシャンも多数参加予定!

坂本 洋プロデュース(#^^#) みなさん、いかがですか!

坂本 洋

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